「社員がChatGPTを使い始めているが、会社としてのルールは何もない」というご相談を最近よくいただきます。生成AI(文章・画像・音声などを自動で作り出す人工知能)は、見積書のたたき台作成や議事録の要約、メール文面の下書きなど、中小企業の日々の業務でも実際に時間短縮の効果が出ています。一方で、ルールを決めずに個人任せで使うと、顧客情報の漏洩やアウトプットの誤りをそのまま業務に使ってしまうといった事故につながりかねません。今回は、専門的なシステム投資をしなくても今日から決められる、3つの社内ルールの作り方をお伝えします。
なぜ「使うな」ではなく「ルール化」が必要なのか
生成AIの利用を全面的に禁止する会社もありますが、実際には社員が私物のスマートフォンで隠れて使ってしまい、かえって管理できない状態になるケースが少なくありません。経済産業省と総務省は2024年4月に「AI事業者ガイドライン」を公表し、AIを提供する側・使う側それぞれが留意すべき事項を整理しています。中小企業にとって大切なのは、この種のガイドラインを丸ごと導入することではなく、自社の規模に合った最小限のルールを文書化し、全員が同じ基準で使える状態にすることです。
決めごと① 入力してよい情報の線引きをする
最初に決めるべきは「何を入力してはいけないか」です。生成AIサービスの多くは、入力した内容を将来のAIの学習に使う設定がデフォルトになっている場合があります(設定でオフにできるサービスもあります)。具体的には次のような情報は入力しないと決めておくと安全です。
| 入力を避けるべき情報 | 理由 |
|---|---|
| 顧客の氏名・連絡先・取引条件 | 個人情報保護法上の同意なき第三者提供にあたるおそれ |
| 未公開の決算数値や事業計画 | 外部流出した場合の信用・競争上の損害が大きい |
| 社員の人事評価・給与情報 | プライバシー侵害・労務トラブルにつながるおそれ |
迷ったときの判断基準は「その情報が公開されても会社として困らないか」です。困る情報は入力前に社名・個人名を伏せる、数値を概算に置き換えるといった一手間を挟むだけでもリスクは大きく下がります。
決めごと② 誰が、どの業務で使うかを決める
次に、利用できる人と業務範囲を決めます。全社員に無制限の利用を許可するのではなく、まずは「議事録の要約」「社内マニュアルの下書き」「メール文面のたたき台作成」など、間違えても実害が小さい業務から始めるのが現実的です。逆に、契約書のチェックや与信判断、採用の合否判断など、誤りが直接損失につながる業務は、当面は人が主体で行い、AIは参考情報の収集にとどめるといった線引きが有効です。利用範囲を決めたら、1枚のルール表にまとめて全社員に共有するだけで、属人的な使い方によるばらつきを防げます。
決めごと③ アウトプットは必ず人が確認する
生成AIは、もっともらしい誤情報を自信満々に出力すること(いわゆるハルシネーション)があります。特に法令の条文、税率、統計数値などは古い情報や誤った情報が混ざることがあるため、そのまま資料や顧客への回答に使わず、必ず担当者が一次情報(官公庁のサイトや原典)で確認してから使う、という手順を徹底することが重要です。また、他社の文章や画像に似た内容を生成してしまうこともあるため、対外的に公開する資料に使う場合は著作権の観点からも確認する担当者を決めておくと安心です。
小さく始めるための最初の一歩
ルールをゼロから作るのが大変であれば、まずは上記の3点を1枚の紙にまとめ、経営者自身が使ってみて違和感がないか試すところから始めるとよいでしょう。全社展開は、議事録作成など影響範囲が小さい業務で3か月ほど試験運用し、問題が起きなければ範囲を広げる、という段階的な進め方が失敗が少なく安心です。IT導入補助金など、AIツール導入を後押しする制度が用意される年度もありますので、本格的な投資を検討する際は、その時点の公募要領で対象経費や申請期限を確認したうえで判断してください。ルールを決めることは、AIの利用を制限することではなく、安心して使い続けるための土台づくりです。まずは自社に合った線引きから始めてみてください。